【連載コラム7】第4回「中絶という選択」―苦しみと向き合うこと

「産みたい気持ちはあった。けれど…」
そんな言葉から始まる話を、これまでたくさん聞いてきました。

中絶を選ぶ理由は人それぞれです。
生活の状況、年齢、パートナーとの関係、健康状態、家庭の事情。
どれかひとつではなく、いくつもの要素が重なって、「産みたいのに、産めない」という現実が目の前に立ちはだかる。

その選択は、決して軽いものではありません。
むしろ「どうしようもなかった」という思いほど、心の中に深く刻まれるものです。

今回は、中絶という選択のあとに訪れる “ 心の揺れ ” について、一緒に考えてみたいと思います。


「私が全部、悪かったのかな」―中絶後の声

Dさんは20代後半の会社員。交際中だったパートナーとの間に妊娠がわかりました。
ふたりの間には愛情があり、いずれ結婚も…と話していた矢先のことでした。

「そのとき、彼の顔がこわばったんです…」
「“ 今は無理だよ ”って、冷たく言われたとき、現実が音を立てて崩れていく気がしました」

彼の言葉にショックを受けつつも、Dさんも自分の状況を考えました。

仕事もキャリアの途中。貯金も十分ではない。
「育てられる自信がない」という思いが、彼の態度と重なって、中絶を選ぶ決断へとつながりました。

それでも――

「処置が終わってから、ずっと涙が止まりませんでした」
「誰にも言えなかった。親にも、友達にも。自分がとても汚い人間に思えたんです…」
「“ 産みたいって思ったのに、どうして… ”って、何度も自分を責めていました」


「選んだ」けれど、それは “ 仕方なかった ” だけではない

中絶という選択には、さまざまな背景があります。
けれど、その背景のすべてを人に説明することは、とても難しいものです。
「自分がどう思っていたか」よりも、「周囲がどう受け取るか」のほうが怖くて、口をつぐんでしまう。

Dさんは、「誰にも話せなかったことが、いちばん苦しかった」と言います。
「罪悪感」や「自責の思い」は、誰かに否定される前に、自分自身の中で育っていくのです。

けれど、どんなに悩んで、苦しんで、泣きながら下した決断であっても、それは「無責任」でも「間違い」でもありません。
あのとき、あの状況で、自分なりに考えて出した答えだったはず。

「どんな選択も、自分の人生の中で大切な選択だった」と受け止めていくことは、
その傷をなかったことにするのではなく、「大切な経験だった」と丁寧に扱うことに近いのかもしれません。


「もし、親しい人が同じ決断をしたら…?」

ここでひとつ、問いかけてみたいと思います。

もし、大切な友人が中絶という選択をして、苦しんでいたとしたら――
あなたは、その人にどんな言葉をかけたいですか?

「あなたは悪くないよ」
「本当によく頑張ったね」
「苦しい中で、自分でちゃんと考えて決めたんだね」

そんなふうに寄り添う言葉を、きっとかけるのではないでしょうか。

けれど、いざ自分自身となると、その優しさを自分には向けられなくなる。
私たちはなぜか、「自分にだけは厳しくして当然」だと信じてしまいがちです。

でも、本当にそれでいいのでしょうか。

同じように苦しんでいる誰かにかけたい言葉があるなら――
それは、あなた自身にも必要な言葉かもしれません。


その経験に、意味が生まれるとき

Dさんは、しばらくの間、誰にも話すことができませんでした。
でも、ある日、思いきってカウンセリングを受けてみたとき、少しずつ心の中に変化が生まれたといいます。

「私は、自分を罰し続けていたんだなって気づいたんです」
「でも、“ あなたが下した選択は、無責任なんかじゃない ” って言われたとき、涙が出てきて…」
「少しずつですが、“ この経験にも、何か意味があったのかもしれない ”って思えるようになりました」

傷はすぐには癒えません。
けれど、誰かとつながることで、自分を少しずつ赦す道が開かれていきます。


「もし、親しい人が同じ決断をしたら、あなたはその人に何と声をかけますか?」

繰り返しになりますが、この問いをあなた自身に返してみてください。

「親しい人にかけたい言葉は、自分にもかけていい言葉です」
そのことに気づいたとき、あなたの中にほんの少しのやさしさと、未来への光が差し込むかもしれません。

▶︎次回予告|第5回「どんな選択でも、前を向けるように」―自分自身との対話

第5回「どんな選択でも、前を向けるように」―自分自身との対話
中絶という選択をした人も、出産という選択をした人も――
決断のあとには、それぞれの人生が続いていきます。
傷ついた心を抱えながら、それでも「前を向こう」とする日々。

次回は、「その後」の心の整理と、自分との向き合い方についてお届けします。

・産む選択をした人、産まない選択をした人の“その後”の物語
・「後悔」ではなく「納得感」を育てていくためにできること

――あなたが今日まで歩いてきた日々の中に、「自分らしさ」は見つけられますか?